PROJECTS 印西市の新しいオリジナル

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PROJECT.05

ー推理作家・白井智之が読み解く“インザイの謎”ー


MYSTERY in INZAI

古来からの伝承、街角の不思議な痕跡、真偽不明のうわさ話ーー印西で語り継がれる数々の「謎」に、印西出身の推理小説家・白井智之さんが迫る!

Mystery. 02「カハボタル」の謎。

腸が煮えくり返っている。詐欺に遭ったのだ。


ぼくの貯金を掠め取ったのは全国に拠点を持つ巨大犯罪組織である。彼らはサラリーマンの給料や零細小説家の原稿料からゼーキンと称する上納金をピンハネし、甘い汁を啜っている悪逆無道のならず者集団である。聞くところによると、全国各地に存在する関連組織の中でもインザイシという連中はたらふく銭を稼いでいるらしい。シマが特別広いわけでもないし、優れたシノギがあるわけでもない。これぞ最大のミステリーである。だが地方行政の闇を暴いて原稿料を削られたら骨折り損なのでそろそろ本題に入る。

江戸末期の医師、赤松宗旦が著した「利根川図志」に、印旛沼の怪火に関する記載がある――そんな投稿が届いた。

この怪火はカハボタルと呼ばれる。同書から特徴を抜粋すると、「形は丸くて、大きさは蹴鞠(けまり)のようで、その光は、螢火の色に似ている」「水の上を、一、二尺離れて、いくつも飛びまわる様は、あたかも水上をフラフラ歩いているよう」「長雨の時には、特に、夜な夜な無数にあらわれる」「(触れた箇所は)例えようのないほどなまぐさい臭いがした。それは、まるで油のようでもあり、膠(にかわ)のようでもあった」という代物である(崙書房『口訳 利根川図志 4』より)。

蹴鞠サイズの火の玉がユラユラ飛び回っていたら確かに不気味である。だがぼくが好むのは「落ち武者の祟りで村人が皆殺し」みたいな話であって、この手の生ぬるい怪異譚にはあまり興味がない。酔っ払いが夢でも見たんじゃねえの? というのが素直な感想だが、ここはひとつ脳味噌を引っくり返して、カハボタルの正体を探ってみる。

蛍説
なにせ名前がカハボタルだ。目の悪い年寄りが蛍を見て、火の玉と思い込んだのではないか。――いや、さすがにこれでは面白くない。「サンタの正体はお父さん」と同じ次元だ。もう少し脳味噌を捏ねてみる。

船灯説
かつて印旛沼は漁業が盛んだったという。やはり目の悪い年寄りが、船の灯りを火の玉と見違えたのではないか。――これも蛍と五十歩百歩だ。「週刊誌の人妻投稿欄を書いているのはおっさん」くらい驚きがない。

子どものしつけ説
カハボタルは夜現れるという。夜の水辺は危険が多い。親が子を寝かしつけるのに「早く寝ないとおばけに攫われるよ」と嘯くように、沼から遠ざけるために「カハボタルに襲われるよ」と法螺を吹いたのではないか。――だが子どもを怯えさせるのが狙いなら、悪臭が付く、というのは地味すぎる。沼へ引き摺り込むくらいしてほしいものだ。

財宝説
かつて印旛沼付近の百姓たちは、沼の底に財宝を隠していた。舟遊びにきた余所者が、小判でも釣り上げたら一大事である。そこで無暗に沼へ近寄らぬよう、ひどい臭いのする火の玉が飛び回っていると噓を吐いた。――これは夢のある仮説だ。だが大切な財宝を沼に沈めるか、というと少々疑問が残る。ならば。

死体説
そう来なければ始まらない。

江戸時代、貧しい百姓の中には、旅人や巡礼僧を襲い、路銀を奪う者があったという。印旛沼付近の百姓たちも、旅人を殺し、死体を沼に隠していたのだ。彼らが何より怖れたのは、偶然浮き上がった死体を余所者が見つけてしまうことだった。そこで人が近寄らぬよう、カハボタルの噂を流したのである。

この仮説なら、カハボタルの悪臭にも説明がつく。その正体は、死臭だ。

悲しいかな、今は印旛沼の怪火を信じる者はいない。だが怪異が忘れられても、由来となった風習が途絶えたとは限らない。期せずして冒頭に述べた最大のミステリーを解いてしまったようだが、連載が打ち切られたら面倒なので筆を置くことにする。

PROFILE

白井智之(TOMOYUKI SHIRAI)
印西市出身の推理作家。『人間の顔は食べづらい』(KADOKAWA)が第34回横溝正史ミステリ大賞の最終候補作となり、同作でデビュー。近刊に『名探偵のはらわた』(新潮社)、『そして誰も死ななかった』(KADOKAWA)など。

Illustration by gennhiraqui
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新しい「印西のオリジナル」をアピールするイベントやワークショップを、継続的に行なっていきます!

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