ー推理作家・白井智之が読み解く“インザイの謎”ー
MYSTERY in INZAI
古来からの伝承、街角の不思議な痕跡、真偽不明のうわさ話ーー印西で語り継がれる数々の「謎」に、印西出身の推理小説家・白井智之さんが迫る!
Mystery. 01「印旛沼の龍」の謎。
身体を裂かれた印旛の龍
印西市から原稿依頼を頂いた。市民から寄せられた「印西の謎」について自由に書いてほしいというのである。
もしミステリー小説に詳しい方がこれを読んでいたら、天下の印西市ともあろうものが不逞の輩に駄文を書かせるのはいかがなものかと思われるかもしれない。ぼくも同感である。ぼくは道徳も現実味もヘチマもない不謹慎で荒唐無稽な小説を書くことを生業としている。印西市の出身だと知れたら市の評判が下がること請け合いである。ぼくが思うに、印西市役所の担当者はあまり本を読んだことがないか、酒でも飲んで企画会議をやったかのどちらかだろう(これは一年前になぜかインド風カレーを売り出したことからも伺われる)。以下の文章に関する苦情は、ぼくではなく印西市のシティプロモーション課へお寄せいただきたい。
さて第一回のテーマは印旛沼の龍伝説である。ぼくも小学校で教わった覚えがあるから、お住まいの方は当然ご存知と思う。現時点で寄せられた投稿を見ても、案の定、この伝承を挙げるものが多かった。
ある年、日照りが続き農民たちが困っていると、小龍が天に昇り雨を降らせた。だがそのことで大龍の怒りを買い、小龍は身体を三つに裂かれて地上へ落ちた。農民は小龍を供養し、頭の落ちたところに龍角寺、腹の落ちたところに龍腹寺、尻尾の落ちたところに龍尾寺を建てたという。
文献により細かな違いはあるが、おおむねこんな内容である。内田儀久「印旛沼の龍伝説」(『印旛沼 ―自然と文化―』第6号・印旛沼環境基金刊行)では、この伝説について、法華経を浸透させ天台宗を普及させる狙いがあったのではないかと考察している。
三つの寺で起きた怪事件
ところで今回、資料を集める過程で、約三十年前、伝説にまつわる奇怪な事件が起きていたことを知った。学校の授業では扱わない題材なので、ここでぜひ紹介したい。
一九九二年、冬。ひどく残酷な方法で男性が殺される事件が起きた。男性は三つに切断され、頭は龍角寺、胴は龍腹寺、腰より下は龍尾寺の境内に置かれていた。死因は溺死。司法解剖の結果、肺から大量の微生物を含む泥水が抽出された。犯人は被害者を印旛沼に沈め殺害した後、遺体を三つに切り分け、三寺に置いて回ったものとみられる。
被害者は印沼龍太郎(仮名)。印西市内のシステム開発会社に勤めるエンジニアである。まっさきに嫌疑をかけられたのが、印沼の同僚、横井領(仮名)だった。横井は領収書を偽造し経費の架空請求を繰り返していた。あるとき印沼にそのことがばれ、金銭を強請られていたのである。
だが横井にはアリバイがあった。遺体の腐り具合から印沼が死亡したと推定される期間、彼は滋賀県大津市へ出張していたのだ。
ここで真相を明かすと、犯人はやはり横井であった。この男は大津にいながら、どうやって印沼を殺害したのか。皆様はお分かりになるだろうか。
何のことはない。横井は印沼を殴打して昏睡させると、スーツケースに入れて大津へ運び、琵琶湖に沈めて殺害したのである。「龍伝説といえば印旛沼」という思い込みを利用し、遺体を三つの寺に並べることで、彼が印旛沼で殺害されたものと誤認させたのだ。
横井のアリバイ工作はあっさりと瓦解した。肺の中の泥水から、印旛沼に生息していない珪藻が見つかったのだ。横井は無期懲役の判決を受け、現在も千葉刑務所に服役している――。
というのはもちろん真っ赤な嘘っぱち、暇な作家の妄言である。念のため繰り返すと、苦情はシティプロモーション課までどうぞ。
PROFILE
白井智之(TOMOYUKI SHIRAI)
印西市出身の推理作家。『人間の顔は食べづらい』(KADOKAWA)が第34回横溝正史ミステリ大賞の最終候補作となり、同作でデビュー。近刊に『名探偵のはらわた』(新潮社)、『そして誰も死ななかった』(KADOKAWA)など。
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千葉県北西部に位置する印西市は、千葉ニュータウンをはじめとする住環境と豊かな自然に恵まれ、「住みよさランキング」7年連続の全国1位も記録しています。しかし、そんな“住みよさ”の一方で、個性があまり目立たない……という声もちらほら。
「MAKE INZAI ORIGINAL」は、そんな印西に市民の手で“印西らしさ”をアピールするモノ・コトを作り出し、印西の新しい魅力を発信していくプロジェクトです。
新しい「印西のオリジナル」をアピールするイベントやワークショップを、継続的に行なっていきます!