PROJECTS 印西市の新しいオリジナル

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PROJECT. 05

ー推理作家・白井智之が読み解く“インザイの謎”ー


MYSTERY in INZAI

古来からの伝承、街角の不思議な痕跡、真偽不明のうわさ話ーー印西で語り継がれる数々の「謎」に、印西出身の推理小説家・白井智之さんが迫る!

Mystery. 08共同溝の謎

まずは投稿を紹介する。

“千葉ニュータウン中央駅の北口のロータリーに謎のキューブがあります。高さは四メートルはありそうで、夜になると不気味に発光します。オブジェのようですが、扉が付いているので中に何かありそうです。”

投稿者の方の言う“謎のキューブとはこれのことだろう。

Google ストリートビュー(2019年3月)より

近くにお住まいの方は見慣れているだろうが、言われてみるとぶっ壊れたゲームのような味わいがある。

投稿者の方の疑問に答えると、このオブジェは地下に張り巡らされた共同溝の入り口だという。千葉ニュータウン中央駅の周辺の地下には上下水道管、電力・電話・有線テレビケーブル、冷暖房用配管などが収容された共同溝があり、街の景観の保持やインフラの安定供給に一役買っているのだとか。

ちなみに共同溝の中には廃棄物空気輸送管なるものがあり、かつてはゴミを投入口に捨てるだけで空気流が勝手に印西クリーンセンターまで運んでくれるという廃棄物空気輸送システムが運用されていた。だがゴミの分別が難しいことや収集量が伸び悩んだことなどから、二〇一一年三月に運用が中止されたという。

さて例によって共同溝に関する新聞記事を調べていくと、かつて廃棄物空気輸送システムが導入されていた地区で、面白い事件が起きていたことが分かった。ここからは気分を変えて、推理クイズを解くような気分で読み進めて頂きたい。テーマはアリバイ崩しである。



二〇一一年、夏。印西クリーンセンターから六百メートルほど離れたマンションの一室で、男性が頭を殴られ死んでいるのが見つかった。殺されたのはフリーペーパー制作会社に勤める阿久田龍一(仮名)。死亡推定時刻は前日の午後八時から十一時にかけて。遺体はTシャツにデニムパンツというラフな格好だったが、Tシャツの胸元に黒い粉末が付着していた。

警察が阿久田の交友関係を洗うと、すぐに有力な容疑者が浮上した。阿久田のかつての交際相手で、フリーターの五味さと子(仮名)である。阿久田の浮気がきっかけで交際が破局して以降、五味はたびたび「あの男に騙された」「人生をめちゃくちゃにされた」「殺してやりたい」と洩らしていた。

捜査を進めると、阿久田が殺された日の夜、五味は印西市内の居酒屋〈山の宴〉で友人と酒を飲んでいたことが明らかになった。さらに阿久田のTシャツに付着していた黒い粉末が、〈山の宴〉の店長がカンボジアから輸入した黒胡椒であることが判明するに至り、五味への疑いは決定的になった。五味は〈山の宴〉で酒を飲んだ後、阿久田のマンションを訪ね、彼を殺害した。このとき揉み合いになったため、五味のカットソーに付いていた黒胡椒が被害者のTシャツに移ったのだろう。

一方で、五味にはアリバイがあった。〈山の宴〉で一緒だった友人によると、阿久田が死亡したとみられる午後八時から十一時にかけて、五味はひたすら酒を飲み続けていたという。煙草や小用のため何度か席を外したものの、時間はせいぜい十分程度。〈山の宴〉から阿久田の自宅までは徒歩二十分ほどの距離があり、どれだけ急いでも十分で阿久田を殺して店に戻ることはできない。

結論を明かせば、阿久田龍一を殺したのはこの五味さと子である。彼女は確かなアリバイを持ちながら、いかに阿久田を殺したのか。ここから先は、謎が解けた方のみ読み進めてほしい。

アリバイの謎を解く鍵は、被害者のTシャツに付着していた黒胡椒である。警察は当初、この黒胡椒は犯人と被害者が揉み合いになった際に犯人のカットソーから移ったものと考えていた。だが事件は八月である。二人が揉み合いになったのなら、被害者の衣服に汗や化粧などの痕跡が残らなければおかしい。黒胡椒がシャツに付いたのには他に理由があったのだ。

前述の通り、この黒胡椒は居酒屋〈山の宴〉の店長がカンボジアから輸入したものである。この店を訪れない限り、同じ黒胡椒が服に付くことはない。五味が酒を飲んでいたとき、阿久田もこの店を訪れていたのだ。

五味は煙草を吸おうと店の外に出て、店に入ろうとしていた阿久田と鉢合わせた。酒に酔っていたこともあり、五味は突如現れた怨敵を殴り殺してしまう。ふと我に返った五味は、遺体を店の外のゴミ置き場に隠し、何食わぬ顔で席へ戻った。阿久田のTシャツに黒胡椒が付いたのはこのときである。

宴会がお開きになると、五味は友人と別れてから、一人で〈山の宴〉へ引き返した。そしてゴミ置き場の遺体を自動車に載せ、阿久田のマンションへ運んだのである。彼女にアリバイをもたらしたのは幸運と機転だったのだ。

なお念のため付け加えておくと、五味がアリバイ作りのために共同溝の空気輸送システムを使った可能性はない。この事件が起きたのは二〇一一年の夏だから、二〇一一年三月に運用が中止された仕組みをトリックに用いるのは不可能である。犯人は空気輸送管を使って移動したのではないか、などとお考えになった素直な方は、くれぐれも還付金詐欺の類に引っかからないようご注意願いたい。

 

PROFILE

白井智之(TOMOYUKI SHIRAI)
印西市出身の推理作家。『人間の顔は食べづらい』(KADOKAWA)が第34回横溝正史ミステリ大賞の最終候補作となり、同作でデビュー。近刊に『名探偵のはらわた』(新潮社)、『そして誰も死ななかった』(KADOKAWA)など。

Illustration by gennhiraqui

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ABOUT メイク インザイ オリジナルについて
印西市民の手で“印西らしさ”を一緒につくるプロジェクト「MAKE INZAI ORIGINAL」

千葉県北西部に位置する印西市は、千葉ニュータウンをはじめとする住環境と豊かな自然に恵まれ、「住みよさランキング」7年連続の全国1位も記録しています。しかし、そんな“住みよさ”の一方で、個性があまり目立たない……という声もちらほら。
「MAKE INZAI ORIGINAL」は、そんな印西に市民の手で“印西らしさ”をアピールするモノ・コトを作り出し、印西の新しい魅力を発信していくプロジェクトです。
新しい「印西のオリジナル」をアピールするイベントやワークショップを、継続的に行なっていきます!

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