ー推理作家・白井智之が読み解く“インザイの謎”ー
MYSTERY in INZAI
古来からの伝承、街角の不思議な痕跡、真偽不明のうわさ話ーー印西で語り継がれる数々の「謎」に、印西出身の推理小説家・白井智之さんが迫る!
Mystery. 09印旛飛行場の謎
かつて草深に存在した飛行場について、複数の方から投稿を頂いた。
“地元の古老に聞いた話。戦争が終わり、印旛飛行場が撤去されてしばらく後、夜になると、かつて配備されていた戦闘機のエンジン音と同じような音が、飛行場だった場所から聞こえてきたとか。”
“第二次世界大戦当時、天皇陛下を守るための地下道が存在し、皇居から印旛飛行場までをつないでいた。そこには皇居から無事に天皇陛下を送り届けようとした役人たちのさまざまな葛藤や人間模様があった。”
記事に載せられないようなものも含め、他にもさまざまな投稿が寄せられた。地下道があるなら飛行場へ行かず隠れていた方が安全な気がするが、かつて草深の空を航空機が飛び交っていたのは事実である。
この飛行場は航空機乗員養成所として一九四二年に設置され、一九四四年ごろから軍用飛行場としても利用されるようになった。終戦直前には米軍戦闘機が飛来し、若者たちが命を落としたという。二〇〇三年には跡地の一角に位置する西の原公園に「平和の碑」が設置された他、現在も掩体壕(軍用機を敵機から守るためにつくられた格納庫)の跡地を見ることができる。
とはいえ印旛飛行場といえば、二十五年前の奇怪な事件を思い出す方も多いだろう。「印西の謎を読み解く」と銘打っている以上、やはりこの事件に言及しないわけにはいかない。
一九九六年十一月。草深の掩体壕から二百メートルほどの一軒家で、小学校五年生の飛井竜樹くん(仮名)がナイフで胸を刺され死んでいるのが見つかった。父親の樽彦、母親の空美、妹の佐奈(いずれも仮名)が在宅していたにも関わらず、犯人は誰にも気づかれることなく竜樹くんの部屋へ忍び込み、亡霊のように姿を消してしまったのである。
二〇二一年一月、ぼくは知人の紹介で、母親の空美さんに話を聞くことができた。ここからはインタビューの内容を抜粋して紹介する。
「竜樹はとても怖がりでした。三つ下の佐奈の方が肝が据わっていたくらいです。草深に飛行場があったことを学校の先生に教わって以来、竜樹は夜の外出を怖がるようになりました。パイロットの幽霊が自分を見ていると言うんです。わたしは真面目に取り合いませんでしたが、今思うと竜樹の言ったことは正しかったのかもしれません」
そこで空美さんは赤く腫れた目を強く押さえる。
「事件が起きたのは金曜日の夜でした。七時から家族四人で夕食を取り、竜樹と佐奈は二階のそれぞれの部屋へ戻りました。佐奈は宿題を、竜樹はゲームでもしていたんだと思います。わたしは夫とリビングでつまらないドラマを観ていました。
すると突然、二階から竜樹の悲鳴が響いてきたんです。わたしと夫が慌てて二階へ上ると、佐奈も不安そうに自分の部屋から出てきました。竜樹の部屋のドアには錠が掛かっています。内側からしか開閉できないサムターン錠で、鍵はありません。わたしと夫はドアを叩いて竜樹を呼びましたが、返事はありませんでした。竜樹の身に何かが起きたのは明らかです。夫がドアに体当たりを繰り返し、蝶番を壊しました」
空美さんは声を大きく歪ませる。
「部屋に入ってまず目に付いたのは、ドアの前に落ちた航空帽とゴーグルでした。なぜそんなものがあるのか見当もつきません。さらに部屋の中を見ると、床で竜樹が蹲っています。わたしはすぐさま竜樹に駆け寄り、名前を呼びながら身体を起こしました。すると胸に深々とナイフが刺さっていたんです。
後の警察の捜査で、竜樹の部屋も含むすべてのドアや窓に錠が掛かっていたことが分かりました。生身の人間にこんな犯行ができるとは思えません。旧日本軍のパイロットの亡霊が、壁をすり抜けて家に入り込み、息子を刺し殺したんです。――」
竜樹くんを殺した犯人は現在も捕まっていない。空美さんの言う通り、亡霊のしわざとしか思えない事件だった。
ここで筆を置きたいところだが、こちらは三流なりにも推理作家である。もし竜樹くんが人間の手で殺されたとすれば、犯人はどんなトリックを使ったのか。ぼくなりの推理を述べておきたい。
飛井竜樹を殺した犯人――それは彼の母親、空美である。
竜樹が悲鳴を上げたとき、空美は夫の樽彦とリビングでドラマを観ていた。一見すると息子を殺すのは不可能だったように思える。
空美は事前工作を行っていた。航空帽とゴーグルを購入し、竜樹の部屋の内側のドアノブに引っ掛けておいたのである。竜樹は食事を終えると、自室に戻り、ゲームを始めた。だが何かの拍子にふとドアを振り返ると、パイロットの頭が浮かんでいるように見える。日頃から幽霊に怯えていた竜樹は、悲鳴を上げて意識を失った。
空美は悲鳴に驚いた振りをして二階へ向かうと、夫にドアを破らせ、竜樹の元へ駆け寄った。そして息子の様子を見る振りをして、胸にナイフを刺したのである。それができたのは、誰よりも早く竜樹に駆け寄った彼女だけだ。
なぜ空美は息子を殺したのか。怪我で病院へ運ばれてくる子どもには、一見すると献身的な親から虐待を受けているケースがあるという。この手の親はわざと子どもに怪我をさせ、熱心に面倒を見る姿を人に見せることで、同情を集めようとするのである。空美もこれに近い性向があったのではないか。事件から二十五年経ってもなお、どこの馬の骨とも分からない作家のインタビューに答えたことが何よりの証拠である。
空美さん、竜樹くんを殺したのはあなたですね?
PROFILE
白井智之(TOMOYUKI SHIRAI)
印西市出身の推理作家。『人間の顔は食べづらい』(KADOKAWA)が第34回横溝正史ミステリ大賞の最終候補作となり、同作でデビュー。近刊に『名探偵のはらわた』(新潮社)、『そして誰も死ななかった』(KADOKAWA)など。
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